Q25 日本は安保条約があったから平和を保つことができたという人がいますが…


結論的には「安保があったから」ではなく、憲法9条があって、それを守る国民的な運動があったからこそ戦争をしない国であることができたと思っています。
 
戦後の歴史を考えても、朝鮮戦争やベトナム戦争など、アメリカの介入戦争がアジアではありましたが、日米安保のために日本は常にアメリカの前線基地になり、平和を脅かされてきました。そして、いまのアフガンからイラクへ、アメリカの干渉戦争・先制攻撃戦争の拠点に日米安保=日米軍事同盟にもとづく米軍基地がなっています。
 
日本の民主的な勢力と国民は、戦争の危険に直面するたびに「平和憲法を守れ、戦争反対」の声をあげつづけてきました。
 
日米安保こそ、いま誰もが不安に思うアメリカ言いなり政治の根本にあります。
 
一つは、日米安保条約の仕組みに縛られていることです。第2次世界大戦後、日本を占領したアメリカは、政治家・官僚・財界人などを協力者として育成し、1951年のサンフランシスコ条約と安保条約で、制度としても対日支配を固めました。60年に改定された安保条約も▽日本全土どこにでも米軍基地を置かせる▽米軍との共同対処や軍拡を義務づける▽米国との経済政策の「くい違い」除去や「経済的協力」も義務づける─など、日本を軍事・外交から内政・経済まで米の戦略下においています。
 
二つめは、安保条約によるこの仕組みを、日本の支配層が進んで受け入れてきたことです。日本の支配層は、侵略戦争を反省し謝罪するなど各国と真の信頼関係を築く努力は怠り、専らアメリカの「核とドルの傘」に頼ることで資源・技術・販売市場などをアメリカやその同盟国に求め、独占資本を急速に復活・強化させました。コメ・農業切り捨てや大型公共事業などを迫るアメリカの「外圧」も、財界に都合のよい国民犠牲政策を強行する材料としてきました。
 
三つめに、識者も指摘していることですが、日本の支配層は長い従属関係を通じて、国民よりも時々の米当局者の意向に最大の関心を払い、その「評価」に一喜一憂するのが習性となったことです。小泉首相が「(米に)しっぽを振りちぎれるくらい振っているといわれる」と自慢するなどは、その一例です。最近は安保のもとで育った「独立を知らない政治家」たちが自民党の多くを占め、安保と矛盾する日本国憲法を「戦後の呪縛(じゅばく)」(安倍晋三幹事長)と敵視し、アメリカの要求にこたえて「2005年に憲法改正に大きく踏み出す」ことを政権公約にかかげるにいたっています。
 
日本の平和を未来にむかって確かなものにするには憲法9条をしっかり守って外交努力をするとともに、日米安保=日米軍事同盟を解消して、アメリカとの間に平和友好条約をむすび対等平等の2国間関係を築くことです。